新形式キロ186形「アイランドエクスプレス四国U」落成1999.8.25 |
JR四国の、「アイランドエクスプレス四国U」が、平成11年9月1日にデビュー。
平成11年5月31日に、引退した初代「アイランドエクスプレス四国」50系改造客車5連の、後継車輛として多度津工場で、キロハ186を種車に2輌の改造が行われていましたが、8月25日に落成出場いたしました。
運用時は、中間車の「アイランドエクスプレス四国U」2輛を、挟むように、専用先頭車(キハ185形)2両が前後に、連結され、4連で運転されます。 |
アイランドエクスプレス四国U JR四国多度津工場施工
キロ186−4 (元キロハ186−4)
キロ186−8 (元キロハ186−8)
以上2輌
■主な改造点■
外装:四国の自然美をテーマとした海、島々と朝焼けの太陽をデザインしている。ステッカー貼り付け。
内装:団体定員 各車30名の合計60名。
42インチプラズマディスプレイモニタテレビ。
通信カラオケDAMを装備。
座席は、初代アイランドExp.より流用。
モケット張替え。2+1の3列化。機能は、初代同様。
旧グリーン室・旧普通室間の仕切撤去。
■専用先頭車■
キハ185−11
キハ185−12
以上2輌
便洗面所部分の外板にキロ186からつながるデザインのステッカー貼り付け。他変更なし。 |
| 多度津←キハ185‐11+キロ186‐8+キロ186‐4+キハ185‐12→高松 |

構内試運転中
1999.08.25 多度津工場

1999.8.25多度津工場

専用先頭車に挟まれ、本線入り。
多度津←キハ185‐11+キロ186‐8+キロ186‐4+キハ185‐12→高松
1999.08.25 多度津駅

専用先頭車
キハ185‐11

キロ186‐8

キロ186‐4

専用先頭車
キハ185‐12

専用先頭車
キハ185‐11

ヘッドマーク
キハ185‐11

側面愛称幕
キロ186‐8

サイドビュー
キロ186‐8

専用先頭車との、一体感が演出されている。
キハ185‐11+キロ186‐8

新形式誕生
キロ186‐8

キロ186‐8

車内銘板
キロ186‐8

「新兵器」
通信カラオケ
&
42インチプラズマディスプレイモニタテレビ
キロ186‐8

2+1シートが並ぶ車内
シートの向きは、初代同様変更可能。
キロ186‐8

キロ186‐8

座席は、初代アイランドエクスプレスより流用で、
モケットが張替えられた。
キロ186‐8

グリーン室と普通室の仕切あと
キロ186‐8

9月1日のデビュ―を控え、
披露&足慣らしの四国1周の旅へ。
雨の瀬戸内海に、ご挨拶。
1999.08.27 予讃線海岸寺
「サンライズ瀬戸」松山延長運転1999.7.21 |
285系「サンライズ瀬戸」が、平成11年7月20日の東京発をかわきりに、夏休み期間中の10往復で、高松経由「松山行」として延長運転されます。 |
平成11年7月20日松山行/平成11年7月21日東京行
松山・東京←クハネ285‐3001+サハネ285‐3001+モハネ285‐3201+サロハネ285‐3001+モハネ285‐3001+サハネ285‐3201+クハネ285‐3002
JR東海:大垣電車区 |
松山延長運転日
東京発7月20・21・27・28日/8月3・4・17・18・24・25日
松山発7月21・22・28・29日/8月4・5・18・19・25・26日 |

「サンライズ瀬戸」松山行
讃岐路を駆抜け、いざ松山へ。
1999.7.21多度津〜讃岐塩屋

「案内表示」
1999.7.21丸亀駅

2番ホームに間もなく到着。
1999.7.21丸亀駅

モハネ285‐3201
M車とは思えない静かさ。
「ノビノビ寝台!?」毛布も用意され、サービス満点。
眺めと開放感で、上段のC・D席がお奨め。

「かわいい285系」
松山延長運転を記念して「サンライズエアクッション」が、
JR四国より乗客にプレゼントされてます。

クハネ285‐3002
高松到着。ヘッドライトが消され、テールライトに。
1999.7.21高松駅

クハネ285‐3001
暫し、24分間の休憩。
1999.7.21高松駅
元横コツ113系4連・JR四国に仲間入り1999.7.16 |
平成11年7月16日、JR四国の老朽車輛(111系!?)とう汰用として、JR東日本より購入した113系4連が、四国入り。
翌17日には、多度津工場に入場しました。
リニューアル工事施工後、出場予定。活躍が楽しみです。
一方で、111系の動向も気になります。 |
113系4連
クハ111 532+モハ112 257+モハ113 257+クハ111 223
元JR東日本国府津電車区(横コツ) |

東海道・山陽を下り四国入りした113系4連
高松←クハ111 532+モハ112 257+モハ113 257+クハ111 223
1999.7.16 予讃線 端岡〜鬼無

121系・111系と113系の顔合わせ。
多度津駅1999.7.17

クハ111 223とクハ111 28
多度津駅1999.7.17

モハ113 257+クハ111 223
多度津駅1999.7.17


多度津工場入場
1999.7.17

今後の動向が気になるクハ111 303以下4連
多度津駅1999.7.17
平成11年7月1日より、JR四国通勤型気動車キハ185−3000番台(元特急型キハ185−1000番台)の運用開始に伴い、置き換えられたキハ58・キハ65の自力廃車回送が平成11年7月2・3日に行われました。
回着後、多度津駅留置。
キハ58131 平成11年7月2日192D
キハ6524 平成11年7月2日192D
キハ6530 平成11年7月3日192D
キハ58575 平成11年7月3日187D
キハ654 平成11年7月3日187D
キハ6533 平成11年7月3日187D |
☆7月2日
「キハ58131,キハ6524」ラストラン
192D 伊予西条2112-多度津2305
定期後結。全車客扱い。
多度津←キハ58463+キハ6569+キハ58131+キハ6524←伊予西条
☆7月3日
「キハ6530」ラストラン
192D 伊予西条2112-多度津2305
定期後結。全車客扱い。
多度津←キハ58773+キハ6541+キハ6530←伊予西条
☆7月3日
「キハ58575,キハ654,キハ6533」ラストラン
187D 高松2307-多度津2355
定期前結。キハ58575締切。他車客扱い。キハ6533エンジンカット。
多度津←キハ58575+キハ654+キハ6533+キハ6527+キハ58293←高松 |

187D堂々5連でのラストラン
キハ58575+キハ654+キハ6533(3輌ラストラン)
キハ6527+キハ58293(2輌定期)
1999.7.3多度津駅

キハ58131車内
車端内張りには、木目調の化粧板が使用され、シックな雰囲気が漂う車内。
1999.7.2

キハ6524
回着後、留置。
1999.7.2

ラストランを無事に終え、引上げるキハ6530を見送るキハ6541右
1999.7.3多度津駅

192D多度津到着。
キハ6530とキハ6541が切り離される。
1999.7.3

キハ6533
只今エンジンカット4VK稼動。客扱い中。
1999.7.3

キハ654
車内形式番号板
1999.7.3
キハ185−3100番台全8輌落成!1999.6.22 |
平成11年6月22日、JR四国の特急形気動車キハ185−1000番台よりの通勤形改造車、キハ185−3102・キハ185−3105が落成、試運転が行われ、これで全8輌がでそろいました。
●主な改造点
(1)在来車との併結、総括制御を行うため、特殊ジャンパおよび栓受、放送ジャンパを取り付け。
(2)運転台に予熱ボタンを新設。
(3)愛称表示器部に行き先字幕を取り付け、運転台に設定器を新設。
(4)客室腰掛リクライニング機能を停止、固定。灰皿撤去。
(5)ビニール製もたれカバーを取り付けなど。
今回は、制御部分の改造が主で、車内の改造は軽微となっています。
●改造車両(計8輌)施工所:多度津工場
キハ185−1009→(改番)キハ185−3109 11年5月21日落成
キハ185−1010→(改番)キハ185−3110 11年5月21日落成
キハ185−1013→(改番)キハ185−3113 11年5月21日落成
キハ185−1003→(改番)キハ185−3103 11年6月9日落成
キハ185−1006→(改番)キハ185−3106 11年6月9日落成
キハ185−1007→(改番)キハ185−3107 11年6月9日落成
キハ185−1002→(改番)キハ185−3102 11年6月22日落成
キハ185−1005→(改番)キハ185−3105 11年6月22日落成 |

「多度津工場出場、高松に向け試運転」
キハ185‐3102+キハ185‐3105
1999.6.22多度津工場

高松←キハ185‐3105+キハ185‐3102
1999.6.22

「キハ185‐3102」
1999.6.22

「キハ185‐3105」
1999.6.22

1999.6.22

「キハ185‐3105のスカート周辺」
1999.6.22
JR四国の特急形気動車キハ185−1000番台よりの通勤形改造車、キハ185−3100番台が続々と出場しています。 |

「通勤形に変身」
キハ185‐3106
1999.6.9多度津駅

高松←「キハ185‐3103+キハ185‐3107+キハ185‐3106手前」
鮮やかなライトブルーに、アクセントの効いた細い赤帯が、よく似合う。
特殊ジャンパおよび栓受、放送ジャンパが取り付けられ、スカート周辺が少々にぎやかに。
1999.6.9多度津

「キハ185‐3106」
1999.6.9

「落成直後の特急形キハ185‐1006」
通勤形キハ185‐3106の種車
1986.10.12多度津車両所

「落成直後の特急形キハ185‐1006」
通勤形キハ185‐3106の種車
1986.10.12多度津車両所

「キハ185-3103」
1999.6.9

「キハ185-3107」
1999.6.9

「キハ185-3106」
1999.6.9
さよなら、アイランドエクスプレス四国 1999.5.31 |
| 昭和62年3月30日、四国初の本格ジョイフルトレインとして登場したJR四国の「アイランドエクスプレス四国」が、平成11年5月31日「ラストラン高松」の運用を最後に引退いたしました。 |

「DE101148」
1999.5.31端岡駅

「DE101036」
1999.5.31端岡駅

「絆」
1999.5.31端岡駅

「無事任務終了」
定刻で高松駅9番ホームに到着
1999.5.31高松駅

「到着式」
1999.5.31高松駅

「別れを惜しむ」
1999.5.31高松駅

「愛称板」
1999.5.31高松駅

1999.5.31高松駅
讃岐鉄道琴平・丸亀開通110周年
1999.5.23 |
| 「こんぴらさん」と讃岐鉄道 「さぬきのこんぴらさん」と言えば、”一生に一度はこんぴら参り”といわれ、庶民信仰の神社としてあまりにも有名ですね。
年間に、およそ400万人がここ「金刀比羅宮(ことひらぐう)」に訪れるそうです。
みなさんから、信仰と親しみを込めて「さん」付けで呼ばれているあたり、やはり身近な存在だったのでしょう。
しかし、今のように、飛行機や新幹線がなかった時代、自分の足だけが頼り、「身近な存在」とは、「心」のことで、実際のお参りはたいへんでした。
こんぴらさんが鎮座する讃岐国(現香川県・琴平町)は、今も昔も、ド田舎。(琴平町の皆さんごめんなさい)
しかし、芸術・文化は、超一級。上方文化が凝縮されて現存しています。
訪れた方は、同じような思いに、かられたのではないでしょうか。
蹴鞠、雅楽、舞曲、歌舞伎・・・。「なぜ、こんなところに・・・」
これらは、多くの人々が金毘羅信仰という、大きな大きな力を背景に琴平の地に持ち込んだ文化遺産なのです。
人々が集うところには、多くの情報・文化がもたらされ、花開く。
交通文化も例外ではありません。
小道ができ、それが街道となり四国の道は、金毘羅に通ずといわれるまでに発展しまた。
そして、今からちょうど110年前の、明治22(1889)年5月23日、金毘羅参りの船々が着く、港町丸亀、多度津と「こんぴらさん」の琴平を結ぶ讃岐鉄道10.15マイル(16.4km)が開通しました。
日本初の鉄道、明治5(1872)年5月7日品川・横浜間開通より、17年後、全国で7番目の開通は、早いほうでした。
讃岐鉄道は後に、国有化を経て現在は、JR四国・予讃本線・土讃本線。
緑が美しい、この季節鉄道に乗って、こんぴら参りに出かけられるのはいかがでしょうか。
785段の石段を、登りきると正面には、金刀比羅宮の御本宮が。そして右手からは、讃岐平野と瀬戸内海が一望。瀬戸大橋も望めます。
伝統と文化の聖なるテーマパーク。
「金刀比羅宮」
心身ともにリフレッシュできることでしょう。 |
|